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04/26/2012    15の春 -最終話- (全6話)
とにかく親には「手ごたえ」というものがわからない。自分で試験を受けた訳ではないのだから当然と言えば当然なのだが、それが余計に心配にさせる。こんなことなら自分が受験生だった時の方がまだ気が楽だった。

妻が「スキーで滑った夢を見た」なんて能天気な話をしていると、心の中で「滑った」話はやめてくれ~(笑)、なんて思った。

しかし、やめてくれと「思った」だけで実際には妻には話さなかった。「滑る」とか「落ちる」という言葉を自分の口で発すること自体、なんだか抵抗があったのだ

受験から合格発表までの1週間、合格発表の日が早くきてほしいような、永遠にきてほしくないような、複雑な気持ちだった。

「不安」という家族が1人増えたような生活だったが、それでも時は無情に過ぎていく。そしてとうとう、本当に「とうとう」合格発表の朝を迎えた。

前の晩は眠れないかと思ったが、意外にも普通に眠れた。仕事は休暇をもらった。仕事に行ったって手に付かないだろうし、何より合否の知らせを待つというのは精神的に耐えられそうにない。

合格発表は10時なので、朝は時間的には余裕があった。しかし心の余裕はまったく無かった。もう結果は出ている。心配してもしなくてもその結果は変わりはしない。そう自分に言い聞かせても、心配せずにはいられなかった。

爪を切り、髪型を整え、歯磨きをし、でかける準備をした。別に誰かに会うわけでもないのだが、きちんと身だしなみを整えた方が運気がアップする気がするのだ。だから前日に洗車も済ませた。とにかく合格につながりそうなことは何でもした。

長男と妻と僕、3人で車に乗り込んだ。巨大な砂時計は落ち続け、長かった旅路もとうとう終わりを告げる時がやってきたのだ。ドアノブを握り締めた手に残された作業、それはドアを開けるということだけだ。果たしてドアの向こうに待ち受けている結果は・・・

もう30年近く前の、自分の高校受験の合格発表を思い出す。普段はのん気な母の緊張した表情が今でも心に残っている。今度は立場が逆転して、僕が親になった。

車は灰色の街を走っていった。カーオーディオから流れるミスチルのPreludeという曲は好きな歌だが、重圧を取り去ってはくれなかった。

車中ではスター・ウォーズの映画の話とか、他愛のない会話をしていたが、3人の心の中は合否という風船がはちきれそうなくらいふくらんで緊張感を増していた。

もし落ちていたら長男はなんて言うだろう。親を心配させないよう、気丈にふるまうのだろうか。無言で下を向くのだろうか。いずれにしろそんな長男の姿を見るのはゴメンだ。妻は泣くことだろう。どうか神様、長男に下を向かせないでください。妻の悲しみの涙を僕に見せないでください。

車で約40分、合格発表の会場である高校に到着した。僕は初めて息子の志望校を見た。ここに通うことができるのかどうか、その結果はもうすぐ明らかになる。

すでに会場はたくさんの人でごった返していた。キャンパスのどの場所に合否が掲示されるのかは聞くまでもなかった。僕達同様、発表を見に来た親子の緊張感に覆い尽くされているその場所を見つけるのは、空港で飛行機を見つけるのと同じくらいたやすかった。

3月も中旬だというのに、北風が肌を刺す、真冬のような寒い日だった。

薄着で来てしまい、寒くて震えていたが、そんなことはどうでもよかった。僕は緊張に押しつぶされそうになるのを、KO負け寸前のボクサーみたいに必死で耐えていた。

妻が何か話しかけてくるけれど、まったく耳に入らない。発表までの20分が永遠かと錯覚してしまうほどひどく長く感じられた。

僕は心の中で懸命にお願いをしていた。僕にできる最後の、本当に最後の行動だった。

神様、天国の親父、妻のお父さん、じいちゃん、ばあちゃん、何とか長男を引っ張りあげてください。彼の努力を僕は見てきました。妻の支えも見てきました。どうか、彼らを泣かせないでください !

神様のほか、力になってくれそうな天国の人たち全員にお願いをしていた。

直立不動で冷たい風と緊張に耐えているなか、僕が大事にしている腕時計は10時をまわった。なのに一向に合格発表が掲示されない。

一体どうなっているんだ ? これ以上僕を苦しめないでくれ !

そう思った次の瞬間、係りの人が合格者の掲示物を貼りに来た。

緊張は極限に達した。貼りだしている作業がスローモーションのように見えた。

たくさんの人たちから歓声がわきあがる。

長男の受験番号は ?

僕のすべて、うぶ毛1本に至るまでが長男の番号を探した。

僕よりも早く、妻の「あった ! 」という声が聞こえた。

すぐに僕も長男の番号を見つけた。数字を足すと昔の僕の受験番号になる、縁起の良い番号だ。

うぉぉー、という感じで「やったあああぁぁぁ !!! 」と叫んでしまった。長男と握手をし、抱き合った。妻とも抱き合ってしまった。

妻は泣いていた。しかしその涙は喜びの涙だ。

こんなに晴れ晴れとした気持ちは初めてだ。心の中の暗雲は一瞬で消え去り、替わって雲ひとつ無い澄みきった青空が顔をのぞかせた。冬山登山の格好からアロハシャツに着替えたような、ものすごい開放感だった。

高校から渡された、合格手続き書類が入った何てことない黄色いA4サイズの封筒が、世界で1番の宝物のように思えた。

心配をかけた人たちに電話やメールをし、合格の報告をした。嬉しい作業だった。

家に帰り、3人で乾杯をした。コーヒーやジュースでの乾杯だったが、世界中のどんなシャンパンでもかなわない、格別の味だった。

その日はいつまでも合格の余韻にひたっていた。あれだけ心配したのだから、そのくらいはいいだろう。

長男には、合格したのは自分の努力に加え、家族の支えがあったおかげだということを忘れちゃいけないよ、と話した。

結果的に、前期試験で落ちて後期試験で受かったことは、学力の向上もさることながら人間として1歩成長できたのではないかと思う。親子ともに。

神様はときどき僕達に試練を与えるけれど、正しい解答を出すとご褒美もくれる。

今回僕達はご褒美をもらうことができた。だけど本当に辛い思いもたくさんした。しばらく受験はこりごりだ。

だけど、ウチの子供は3人兄弟。あと2人受験が待っている。あと2人分、「15の春」が待っているのか・・・^^;

<了>

june_asahi.jpg
朝日に輝くジューン・ベリー。

このたび、初めて「受験生の親」になりました。良くも悪くも心に残る出来事でしたので、その思い出をエッセイとしてつづったのですが、やたらと長くなってしまい、本来のブログテーマから長らく脱線してしまいました。失礼致しました。

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04/23/2012    15の春 -第5話- (全6話)
とにかく試験は終わった。長男は重い荷物をとうとう降ろした。しかし、視界にはまだモヤがかかったままだ。このモヤは合格発表まで晴れることはないのだ。

合格発表までの1週間、もう出来る努力は何もない。ボールはもう投げてしまった。できることといったら、神様にお願いすることと心配することだけだ。心配してもしなくても結果が変わるわけではないのだが、心配せずにはいられない。

誰かと会話でもしているとまだ気がまぎれるのだが、1人になるといつでも不安が僕の肩に手を回す。

2日目の試験は得意科目で点数を稼ぐつもりでいたのに、どうも出来がもう一つだったらしい。本人も100点をとるくらいの意気込みでいたのに、100点どころか90点も怪しい、と自嘲気味に話していたのを聞き、もしかしたらヤバイのかな・・・なんて不安になった。

毎日夜遅くまで塾でがんばっていたのに、塾の時間の兼ね合いからロクな夕食を食べられなくても泣き言一つ言わずがんばっていたのに、もし落ちてしまったら、その努力は一体何だったんだろう ?

どんなに努力をしたところで、不合格になれば志望校ではない別の高校の入学式に出て、別の制服を着て別の高校生活を送ることになる。長男の心には朝日は輝かないだろう。そんなことを考えると胸が張り裂けそうになった。やり場のない不安が毎晩僕を攻め立てる。

そんな中、妻の職場の先輩がこんな話をしてくれたと言う。

その先輩の息子さんは受験に失敗して志望校ではない高校に通ったそうである。極度に緊張するタイプで、本来の実力が出せなかったそうなのだ。きっと、本番で頭の中が真っ白になってしまったのだろう。

結果を受け、なんでも塾の先生方に「申し訳ありませんでした」と頭を下げられたそうである。なんとも気の毒なシチュエーションである。察して余りある。

しかし、志望校でない高校に通った彼は、切り替えてしっかりと努力をし、大学受験では見事に早稲田大学に合格したというのだ。

結果的には、志望校ではない高校に通ったことがかえってよい結果につながった、そんな風に振り返ることが出来る。

高校受験で志望校に合格することだけがすべてじゃない、ということを彼は証明してみせたのだ。

その妻の同僚の方も、こんなアドバイスをしてくれたそうだ。もし失敗するようなことがあったとしても、親が思っている以上に子供は強いから大丈夫。すぐに立ち直って切り替えることができるから。

そのアドバイスは実際の経験に基づいているからこそ説得力があるし、勇気付けられる。

そんな話を聞くと、高校受験に失敗することを怪物のように恐ろしく考えていたけれど、実はそんなに怖いものではないと思えた。

どんよりとしていた心の中が一瞬パッと明るくなる、そんな話だった。

とは言っても、心の暗雲がなくなるということはなかった。この暗雲を取り去ることができるのは、合格の二文字だけだ。

6/6へつづく

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04/22/2012    15の春 -第4話- (全6話)
試験の前日、職場の仲間から飲み会の誘いがあったが断った。とてもお酒を楽しめる気分にはなれないだろうし、試験の前日の夜は長男や妻と一緒にいたかった。

前の晩のおかずを妻に相談された。受験生の母もいろいろと気を使わされるものだ。僕と妻で考えて消化の良さそうな湯どうふにした。前日の夜はただでさえ緊張感があるところにガタガタと物音でもしていると長男が眠れないとまずいので、皆で早く寝ようと提案した。

当日の朝は僕も一緒に早起きした。長男はきちんと寝られたとのことでホッとした。長男には朝食の後リポDを飲ませた(集中力がアップするので僕が受験生の時も飲んだものだった)。妻はお弁当とキットカットを持たせた。受験票は持ったか、お守りは持ったか、なんておせっかいを一通りしたあと、僕はがんばってこいと巨人の原監督みたいにグータッチをして送り出した。

駅まで妻が車で送っていった後、テレビの音だけが静寂をかき消していた。長男を無事送り出しても、ちっともホッとしなかった。

ライムと一緒に神社にお参りをしてから散歩に出かけたが、長男の受験のことが頭から離れなかった。

ライムがウンコを取り易い場所にしてくれたので(草むらとかでされると取りづらいのだ)、お、今日はツイてるな、長男の受験もうまくいくかな、なんて長男の受験に結び付けて考えてしまう。

とにかく、頭の中のどこを切っても金太郎飴みたいに長男の受験のことで一杯だったのである。

昼間も当然ながら長男の受験の出来はどうなのか、気が気ではなかった。それをまぎらわすため、できるだけ仕事に集中するようにしていた。

本当を言うと仕事のモチベーションはとてつもなく低かった。好きな人と違うクラスになってしまった学生みたいに、モチベーションはダダ下がりだった。しかし、無理やり仕事に集中して心配をまぎらわそうとしていたのだった。

午後になって長男を駅まで迎えに行った妻からメールが入った。長男は笑顔で帰ってきたという。だとすれば、試験はまずまずできたのだろう。少しほっとした。妻も同様、ほっとしたらしい。

妻は泣きながら帰ってきたらどうしよう、と心配していたそうだ。もし出来が悪かったとしても、泣きながら帰ってくるヤツなんていないっつの(笑)。

試験の初日が終わり、次の日の2日目が終われば試験は終了だ。幸い、苦手科目があった初日はわりあいうまくいったみたいだ。そして、2日目は得意科目なのでなんとか無難にいってほしい。

初日と同じく、夜は皆で早く床についた。2日目は雨模様だった。ライムとお参りに行き、試験が気になって仕方ないのを仕事で気をまぎらわし、初日をコピーしたような1日を過ごした。

午後になって前日同様、妻からメールが来た。初日よりも難しかったそうだ。ということは思ったよりも出来なかったのだろう。少し不安になった。うまくいかないものだ。本人は終わってサバサバしていたそうだが、こっちはサバサバなんて気分にはなれない。

5/6へつづく

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04/21/2012    15の春 -第3話- (全6話)
2月の終わりに高校の志願倍率が発表された。後期試験での志望校は前期試験を受けたのと同じ高校だ。

長男の志望校の倍率は1.48倍で、例年よりも高かった。3人に1人は落ちる計算だ。

例年よりも高い倍率になるなんて、なんてツイてないんだろう。しかも長男の受ける高校は県内の成績上位校なのでライバルもきっと優秀な子ばかりだ。そんな中で合格できる3人のうちの2人に入れるのだろうか。僕の不安はヒマラヤみたいにそびえ立っていた。

志願倍率発表後、1回だけ志望校変更が許されている。倍率の高さを思うと、もう少し楽に合格できる高校に変更することも頭をかすめたが、それは最もまずい選択にも思えた。楽をしたいばかりに困難から逃げていては後で後悔することになる。後で「なぜチャレンジしなかったのだろう」と後悔しても手遅れだ。

妻と長男は志望校を変更する気はさらさら無かったようで、そうとなればもう進むべき道は一本道だ。前期試験で落ちても、後期試験で自分の実力が試せて良かったと言っている長男が頼もしく思える。

とにかく、長男の受験のことが頭から離れなかった。何をするにもモチベーションが上がらない。妻も同じだと言っていた。春休みに家族旅行を予約してあったが、旅行雑誌を買う気にすらなれなかった。長男には受験生仲間がいただろうが、僕と妻にとっては2人だけの孤独な闘いだった。

長男の志望校の倍率は高めだったが、倍率よりも合格圏内に偏差値が届いているかが重要だと聞いた。試験当日の出来・不出来というのも多少はあるだろうが、そうそう大逆転というのはなく、たいていの場合は模試の順位どおりになるそうだ。

だとすれば、長男の場合、安全圏にいるというほどではないものの、塾の模試の結果ではなんとか合格できそうな順位ではある。

そう思うと、どんよりと曇っている中に一筋の光が射したような気がした。

そんなこんなで一喜一憂(いや、一喜十憂かな笑)しながらついに受験の日を迎えることになった。自分達の住んでいる県ではテストは2日間にわたって実施される。

長男の幼なじみの母親がチーズケーキを作って激励にきてくれたそうだ。ちなみにその幼なじみは長男と同じ志望校に前期合格していた。

なんでもママ同士の会話の中で、過去に偏差値が70もあったのにその高校に落ちてしまった人がいたらしい、とかいう話を聞かされたそうだ。そんな話は聞きたくもない話だ。カンベンしてよまったく(笑)。意外とKYな人なんだな、なんて思いつつも、激励に来てくれた気遣いが嬉しく感じられた。

4/6へつづく

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長男がまだ小学校低学年のころ。次男と家の庭で。

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04/20/2012    15の春 -第2話- (全6話)
前期試験合格通知の後に中学で保護者説明会があって、妻は乗り気がしないながらも行ってきた。その場面でも合格者の親と不合格者の親には目に見えない壁があったことだろう。お互いに気を使ったり使われたり、というのも嫌なものだ。

なぜ、この時期に保護者説明会をやるのか、と妻も憤慨していた。確かに、必要があるなら前期試験発表の前に開催すれば、保護者の立場はイーブンで、全員がフラットな気持ちで臨めるじゃないか。

合格した生徒の親は先生に「お世話になりました」なんてお礼の一言も言えるだろうが、不合格者の親はそうすることもできなかった、と言っていた妻の言葉を聞くと、僕は学校の無配慮を腹立たしくさえ思った。

前期試験は多分、合格は難しいだろうということはわかっていたつもりだった。

しかし、不合格という現実は容赦なく僕達の頭をレンガで殴りつけるということを身を持って思い知らされた。不合格者の対岸にいる合格者の存在が、そんな感情をいっそう浮き彫りにする。

僕は前期試験の結果が出るまでは、意外と「最終的には何とかなるだろう」と長男の受験を楽観的に考えていたフシがあった。そして、受験のことも塾のことも妻まかせ、といった感じだった。

しかし、前期試験で味わった不合格という3文字は、そんなに甘いもんじゃないという現実を僕に突きつけた。

前期試験は不合格になってもまだ後期試験がある。切るべきカードはまだ残されている。それでも実際に不合格になるとそのショックは相当なものだ。だとしたら・・・

だとしたら、万が一後期試験で落ちてしまったら、その落胆はいかばかりか。

僕の胸の中で、不安は雪だるまみたいにどんどん大きくなっていった。もう不合格の喪失感を味わうのはまっぴらだ。

前期試験での不合格は、自分の息子はドラマの主人公みたいに特別な存在なんかじゃない、ということを思い知るのに十分だった。

特別な存在じゃないということはどういうことか。それは、たくさんいる受験者のうちの一人にすぎないということだ。それは、テストの得点が及ばなければ落ちるということだ。

そう考えると、不合格がリアルに起こりえるという紛れもない事実が怪物のように恐ろしく感じられた。

15の春を泣かせたくはない。それが親というものだ。では、そのための特効薬をプレゼントしてあげることはできるだろうか。その答えは「NO」だ。親としては何もしてあげることができない。僕はせめてもの行動として毎朝愛犬ライムと一緒に神社にお参りに行き、長男の合格祈願をすることにした。

それは家族には内緒だった。お世辞にもカッコイイ行動だなんて思えないし、何より長男に知られて逆にプレッシャーになっても良くないと思ったからだ。(ちなみに、妻は好きなコーヒーを絶って願かけをしていたことを後で聞いた。彼女もまったく同じ気持ちだったのだ。)

3/6へつづく

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今年の春のミモザ。

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