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04/18/2012    15の春 -第1話- (全6話)
今回のエントリーは住宅に関連していません。本来のブログテーマと異なる内容になりますので、興味のない方は読み飛ばしてくださいね。家の長男の高校受験にまつわるお話です。


2012年3月15日、僕と妻、そして長男の3人はまったくリラックスできない心持ちで車中にいた。他愛のない会話をしてはいたが、誰一人として会話を楽しむ余裕などなかった。

向かう先にどんな結末が待ち受けているのか。あらかじめ打ち合わせでもしてあったかのように、そのことについては誰も話題にはしなかった。いや、正確に言うとできなかった。3人はその結果のことで頭が一杯であるにもかかわらず、である。

ただただ、自分たちの持って行きようのない不安を少しでもやわらげたい、という一心でうわべの会話をしていた気がする。

その日-

それは僕達の心のカレンダーにくっきりと刻印されていた、長男の高校受験の発表の日だった。彼の努力が実るべきものだったのかどうか、審判がくだされる日、ジャッジメント・デイがとうとうやってきたのである。

家の長男は昨年、中3の野球部の夏の大会で敗退してからは、押しも押されぬ「受験生」になった。そして、子供が受験生になったということは、僕と妻は「受験生の親」になったということだ。

僕達が住んでいる地域では「大学進学」という点においては公立高校の方が人気がある。都会では考えられないことかもしれないが、田舎なので有名私学もないのでそういうことになってしまうのだろう。

県内の公立高校では前期試験と後期試験という2段階の試験が行われる。前期試験はテストではなく、内申書や面接で合否が決まる。それに受かってしまえばテストを受けずして合格で受験終了、「一抜けた~♪」なのでとっても楽だ。

そして前期試験で合格できなかった人は引き続き受験生として後期試験を受ける。後期試験は「テスト」で合否がきまるおなじみのスタイルだ。要するにこれが「本番」と言っていいだろう。で、後期試験で落ちてしまうともう後はない。それは「不合格」を意味する。

2月の中旬、家の長男も前期試験を受けた。彼は野球をやっていて、将来は教員として野球の指導をしたい、という夢がある。そのため、県内でも有数の文武両道の高校を受験した。

しかし、当然そのハードルは高く、それに加えて前期試験での合格者数自体が少ないため、中学の担任からは「前期はノーチャンス、前期で落ちても切り替えて後期に向けて取り組むように」と言われていた。

しかし、人間、難しいとわかっていても、「もしかしたら」という気持ちになるものだ。誰しも宝くじを買う時は「当たったら仕事を続けるかどうか」なんてことを空想してしまう。

加えて、前期試験においては中学の部活動の成績もけっこう考慮される、という情報もあったので、それならば「ウチの子ももしかしたら」という気にさせられる。長男は中学の野球で県大会ベスト8に入った実績があり、市の中学選抜チームにも選んでもらえたので、そのあたりを考慮してもらえるかも、という気持ちがあったのだ。

さらに、長男は前期試験の面接はしっかりと受け答えができたとのことだったので、いやがおうにも淡い期待が風船みたいにどんどんふくらんでしまう。

そして、2月後半、前期試験の結果がわかる日がやってきた。前期試験の結果は高校から中学に通知され、中学の先生が本人に告げるというスタイルだ。

仕事中、携帯のメール着信音が鳴った。なぜか、妻から合否の結果を知らせるメールだと直感した。

祈るような気持ちでメールを見た。直感のとおり妻からのメールだった。メールの本文は不合格を知らせるものだった。

簡潔な文だったが、彼女の落胆が見て取れる内容だった。

「もともと前期はノーチャンスと言われてたんだから、失ったものは何もないよ。気を落とすことはナイさ。これで後期に集中するしかないね」と妻を元気付けるべく気丈なメールを返信したが、実際のところ、僕も落胆していた。

翌日、同じ中学の友人達の前期試験の結果が嫌でも耳に入ってくる。長男の通う中学は予想以上に合格者が出たらしい。合格者と不合格者の間には無情の境界線ができる。天国と地獄を分けるベルリンの壁だ。

中学では合格者は浮かれた行動は慎むよう、当然指導はするだろう。しかし所詮は中学生。どうしても合格の喜びや浮かれ気分がにじみ出てしまい、不合格者は余計に嫌な気分にさせれらることだろう。

(同じ前期で落ちた人が集まる)塾に行ってる方が心が落ち着く、という長男の話を聞くと、何で前期試験などというものがあるのか、そんなものはいらない、という気持ちになった。

だれだれが前期で合格した、という話を聞くと、祝福する気持ちよりもやるせない気持ちの方が心を覆う。

特に、長男と同様に野球をがんばっていて似たような成績、という子が同じ志望校に受かったという話を聞いた時は、長男との差は何なのか、合否判定の理由が開示されるわけでもないし、どうしても不公平感というものを感じてしまった。

こころのせまい人間と思われるかもしれないが、それが素直な気持ちだった。

2/6へつづく

christmas_rose.jpg
家のクリスマス・ローズ。

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